・・・ Dummy Angel IX ・・・
私は気付くのが遅すぎたのかもしれません。
あの生き物には・・・毒が在ったのです。

目に見えず、浸透し、人間の中の、暗い部分を引き摺り出し、
翻弄する。
狂わせる。
致死量の毒。

あぁ、その毒の恐ろしさに気付いているのは、今でも本当に私だけなのでしょうか。

何時の間にか背後に近寄り、囁きと共に耳から流し込まれるその不穏な吐息は、脳髄に沁み、
そして人は、
持つべきで無かった妬心を
隠されていた諍いを
有り得べからざる別離を
嘗て知らなかった苦悩を
噴出させて狂い躍らされて行くのです。

そしてあれは、人がそうして崩れ堕ちて行く様を愉しそうに眺めています。
そう、その狂態こそがあれの生きる為の
言うなれば、養分なのです

あれが飽食すれば、残された人間は滓として捨てられるのみ。
そこには何の感慨もなく、ただ倦いた満腹感が生まれるだけです。

あれの中に、
一見人間の感情と同じ動きが有るように見えても、それはあくまで人間の間で擬態をして生きて行く為の条件反射でしかありません。

しかし人は、そこに何かを見出し、何かを求め、そうしてあれの足許に、光を見つけた蛾の様に引き寄せられてしまう。
それはまるで、自ら神という存在を創り上げそれに縛られる事で悦びを感じるのと似ている様です。
例え、毒の存在に確と気付かなくても、纏わりつく不快な情動に疑念を抱く人もおりますでしょう。
でも、一度あれの毒気を吸い込んでしまったら、
其処から逃れ出ることは非常な困難を伴います。

何故なら、あれの毒は、
それはそれは甘美なのです。
それは地上の如何な愉悦とも違う、
危険な快楽。
そう、
それはこの世で最も抗いがたい麻薬なのです。

あぁ、幾人の人間が、あれに魅入られ、その魂を持ち崩していく様を見たことでしょうか。
禁断症状に苛まれ、先を争ってあれを手に入れようとするその浅ましい様を。
私は何故あれを、天使だなどと思ってしまったのでしょう・・・・・
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